来訪者465127
平成26年4月7日以降の来訪者

来訪者数(概算)

平成29年度
 4月 10,400
 5月 11,200
 6月 11,900
 7月 11,300
 8月 10,800
 9月 12,200
10月 11,000
11月  9,600 
(トータル 460,600)

平成28年度
 4月 13,900
 5月 11,100
 6月  9,500
7月、8月 25,500
(月平均 12,750)
 9月 11,800
10月 12,800
11月 11,000
12月 12,000
 1月  9,550
 2月 10,650
 3月 15,900

H27年度
4月~6月 24,900
(月平均 8,300)
 7月 10,000
 8月  8,300
 9月  9,700
10月 13,350
11月 17,450
12月 15,500
   1月  11,580
 2月 13,020
 3月 11,900

H26年度
4月 3,500
5月 6,500
6月 6,800
7月~9月 25,600
(月平均8,500)
10月 8,100 
11月 9,000
12月、1月 15,500
(月平均7,750)
2月 6,300
3月 11,500
 

校章・校訓・スクールカラー

校章
 
◇校章(昭和22年制定)◇
  旧制釧路中学校の熊笹六葉を三葉とし、「高」の文字を中に入れた
立山昌司(生徒)の案に久本春雄画伯(本校美術教諭)が釧路のいわれ
である腕輪を加えて作成したものである。(「釧中物語」による)
 校訓◇校訓(昭和2年制定)◇
 第三代   平 澤 虎 一 校長 制定
◇スクールカラー◇ 真紅
(戦前の釧路中学時代より受け継がれている)

  応援歌 №2の三番の歌詞に「真紅の旗はだてじゃない」とあって古くから歌いつがれてきている。
 

校歌

◇校歌の由来(昭和3年制定)◇
 釧中13期生の担当教諭であった菅原覚也氏(本行寺4代目住職)が、当時、釧中校歌の一般公募に投稿、最優秀作品として表彰され、
その後、文学博士高野辰之氏の校閲を経て正式に採用されたものである。菅原氏は、昭和38年に没したが、歌詞の「五星霜」が「三星霜」
に変わっただけで、湖陵高校校歌として尚歌いつがれていることに大変感謝していたという。
作曲者信時潔氏(1887~1965)は、日本を代表する作曲界の先駆者であり作風は古典的で素朴な歌曲を多く残した。
1910年、東京音楽学校本科卒業(現東京芸大)その後ドイツに留学し帰国後(1923)母校の教授となる。
1942年 学術院会員・1963年 文化功労者主な作品に「海ゆかば」など、地元では、釧路市の歌・北教大釧路分校校歌がある。